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「靴屋になるべく生まれてきた私だが、その知識はどこから来たのか? 先祖から受け継いだものではない。後年私は4百年遡って先祖の記録を調べたが、靴屋はいなかった。ささやかな資産家はたくさんいた。詩人もいたし、錬金術師さ えいたが、靴屋はただの一人もいなかった…靴にかかわりはじめた頃、妹たちのために作った小さな白い靴でさえ、作り方は全部思い出して作ったのだ。『思い 出した』としか言いようがない。ただ座って考える、すると答えが記憶の中から涌き出てくるのだ。私は前世で靴屋だったとしか考えられない。それ以外に説明 のしようがないのだ…」

▲履き心地のよい靴を信条とし、顧客の足に触れただけでその人物の体調すらわかったとも言われた稀有な靴職人サルヴァトーレ・フェラガモ。
(『夢の靴職人/フェラガモ自伝ーShoemaker of Dreams』文藝春秋 p64)

▲履き心地のよい靴を信条とし、顧客の足に触れただけでその人物の体調すらわかったとも言われた稀有な靴職人サルヴァトーレ・フェラガモ。
(『夢の靴職人/フェラガモ自伝ーShoemaker of Dreams』文藝春秋 p64)
ところがこれは自身の完全な思い込みからくる語りで、およそ間違いだということが、同書の別の箇所を読めばみえてきます。場所は生家のあるナポリから東へ100キロ程の所にある、多くが貧乏な農民と、わずかばかりの職人や仕立て屋、商人、靴屋がある、世界から孤立してしまった様な小さなボニート村でのことです。
フェラガモ家は家の裏手の菜園で作物をつくり自給自足の生活をし、幾らかの小麦やオリーブ油、ワインを売って家計をたてていたといいます。ワインは売るもので家では飲むことはほぼなく売れ残りを水で割って飲む程度だったといいます。優秀な年長の兄がナポリ大学を卒業しフィレンツェ大学の教壇に立とうという直前に急死、一家は絶望の淵へ。他の兄姉を教育する余裕はなく10代の兄姉たちはイタリアを離れ米国へ移民として旅立っていくしかなかった(移民は12歳から許可された)。
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